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ジャズに新たなポップ性を求めて (アントニオ・ロウレイロ ライブ評)

日:2013/8/29 (木)   会場:渋谷WWW      メンバー:アントニオ・ロウレイロ - piano 鈴木正人 - bass 芳垣安洋 - drums 佐藤芳明 - accordion

もう一か月以上前になってしまったが、前エントリーでも取り上げた、ブラジルの若手音楽家アントニオ・ロウレイロの初来日公演を観に行ったので今回はその感想を(と予定してたんですけど、色々思う所があり、長くなってしまいました)。

渋谷のライブハウスに入ると400人キャパの会場は満員だった。結果として、興業的にも盛り上がり的にも大成功だったのではないだろうか。ブラジルの才能あふれる、しかしまだ世界では無名の音楽家の今回の来日の成功は、日本がいち早くブラジルの新たな才能を発見して、一部のシーンで話題になったからこそだ。それには、いち早く彼をMySpace上で発見した高橋健太郎氏と、国内版CDのリリースの実現と今回の来日を企画した成田佳洋氏が大きく貢献している。

ライブ評に入る前に、何故2013年の現在、世界に先駆けていち早く日本人がブラジルの新たな才能を見出し、話題になったのか?という事を考えてみたい。

・日本におけるラテン音楽の受容
過去、ラテン音楽がどのように日本で受容されてきたか?と振り返ると、それはアルゼンチンタンゴから始まる。タンゴは元々欧米経由で大正時代に日本へ紹介され、日本の大衆音楽は瞬く間にタンゴの影響を受けた。よほどのタンゴ熱があったのだろうが、その後は欧米を経由せずに古賀政男藤原義江ブエノスアイレスを訪れ、直接現地の音楽家との交流があったそうである*1
60年代に誕生したボサノバも、まずは欧米経由で入ってきたのちに日本の大衆音楽へ影響を与えた。その後、日本人音楽家が本場の音楽家と交流を持った事も、タンゴの場合と同様にあったのだろう。*2
もちろん、80年代にはワールドミュージックブームによってあらゆる世界の音楽が日本へ紹介され、日本人の音楽家が異国の音楽家と交流を持つ、という事象は調べればいくらでもあったのかもしれない。しかし、欧米出自のポップミュージック以外で日本において最も愛されている海外の音楽はラテン音楽といって間違ってないだろうし、直接、間接(ラテン音楽の影響を受けた欧米のジャズ、ポップミュージックからの影響)を問わず、日本のポップミュージックはラテン音楽の影響を大きく受けてきたといえる。
エキゾチックラテン音楽を愛し、その外来文化が日本の自文化の中に溶け込み帰化した。そして時には現地の音楽家との交流もあった。そのような土台があるからこその、日本人によるアントニオ・ロウレイロの発掘であり、今回の来日と日本人音楽家と共演の実現といってもおかしくないだろう。

・共通言語としてのジャズを用いたポップミュージック
前エントリーにも記したが、アントニオ・ロウレイロの音楽は自らの土着のブラジル、ミナス地方の音楽を基盤としつつも、昨今のコンテンポラリージャズの影響を大きく受けている。このため、彼の複雑な楽曲を演奏できるのは、高い演奏技術を持ったジャズミュージシャンでなければ難しいと同時に、彼の楽曲の持つポップ性も理解しなければならない。その中で、今回彼と共演した3人の日本人音楽家はポップスシーンから、フリージャズを含むジャズシーンで幅広く活動し、ラテン音楽の造詣も深い強者達だ。ロウレイロとの年齢差は感じるものの、ほとんどベストな人選といって良いだろう。

芳垣安洋:自らがリーダーのオルケスタリブレ、Rovo南博トリオ、大友良英との共演など
鈴木正人:バークリー音楽学校出身、多数のポップスレコーディング、菊地成孔南博トリオ、大友良英との共演など
佐藤芳明:サルカヴォ、大友良英あまちゃんバンドなど

さてライブを実際に聴いた感想に移りたい。それは、ロウレイロの流麗で複雑な楽曲上で、演奏者全員が共通言語としてのジャズ語(それは勿論ラテン音楽語も混ざっている)を話して即興演奏を行いつつも、ポップミュージックとしても成立した素晴らしい演奏であった。さすがにリハーサルにそれほど時間がかけられなかったためか、譜面を追うだけで精一杯である所や、詰めがあまくラフな演奏もあったように感じたが、全員が即興演奏にこなれてるからこそのサウンドは、柔軟性の高さと自由さを感じるアグレッシブなものでもあった。数回のリハーサルでこれほどの演奏が出来たということは、彼が固定バンドを組んで継続すれば、もっと化けるのではないか?と、そのような高いポテンシャルも感じられた。今後がますます楽しみな音楽家である。

・ジャズを学んだ音楽家によるプログレッシブなポップミュージック
今回実際にライブでロウレイロのピアノ演奏を聞いて、ソロにおいてはジャズの影響、例えば、インタビューで影響を受けたと発言していたブラッド・メルドーに近いフレージングを感じる瞬間があった。ここでもし、自分がジャズリスナーとしての耳で彼のピアノを聞くとするならば、彼以上に技術を持つ演奏家はいくらでもいるとは感じる。しかし、ロウレイロの音楽をそのような耳で聞くことは野暮でしかないだろう。
今回のライブでも改めて感じたが、アントニオ・ロウレイロの音楽の何が新しくて素晴らしいのか?というと、コンテンポラリージャズをはじめとしたあらゆる世界の音楽を土着のミナスの音楽の中へ溶け込ませながら高度なアンサンブルを組み立てて、かつ柔軟度の高い即興を行い、さらに歌もののポップミュージックとして成立しているところだといえる。彼の音楽は、リズムの冒険を行いながら精緻にアンサンブルを構築した(従来のプログレッシブロックとは異なる)現代のプログレッシブな音楽であり、歌とアンサンブルと即興が豊かな関係で結びつきつつ、ポップに響いていると僕は感じている。
この彼の音楽性は、演奏レベルの向上を追い求めた結果、リスナーを置いてけぼりにしてしまった面があることも否めないコンテンポラリージャズの複雑怪奇な進化が、ここ最近になって若い音楽家によって見直されていることとリンクしているように僕は強く感じている。それは、ジャズを学んだ音楽家による、ジャズの技術を活用したポップミュージックの実践といっていいのかもしれない。直接ジャズシーンと関係のない*3ミナスのアントニオ・ロウレイロたちももれなくその中に入るといっていいだろう。

現代の世界のジャズシーンでその代表例を挙げるなら、上原ひろみがいる。彼女はジャズの伝統を正統に受け継ぎながら、リズム面でもアントニオ・ロウレイロと同じように*4先端のジャズの実験(変拍子ポリリズムの実験)を行いつつ、相当に難易度の高い奇想天外な曲を演奏しているのだが、それをポップに聞かせる天才性と天真爛漫なタレント性で世界の人々の心をつかむことに成功している。
ほかに、アントニオ・ロウレイロの音楽のように歌とアンサンブルと即興が豊かな関係で結びついている音楽の例としては欧米の音楽家では下記リンクを参照頂きたい。題名は「ジャズとブラジル音楽、そしてミナス」だが、「歌とアンサンブルと即興」という面でも読み解けるものがあるように僕は感じている(ボーカルがない音楽もあるが、楽器によるメロディの演奏も「歌」と捉えてみることもできるだろう)。
http://diskunion.net/latin/ct/news/article/1/39430

さらに、日本においても「歌とアンサンブルと即興」の関係性が豊かな素晴らしい音楽があることを僕は指摘しておきたい。
たとえば、前回取り上げた二作と同じくこれも2012年リリースなのだが、ジム・オルークプロデュースの石橋英子「Imitation of Life」がある*5(ちなみにこの曲の終盤近くに入っているフリーキーなサックスはフリージャズ奏者の坂田明です)
このアルバムも現代的にプログレッシブな音楽だと僕は感じるのだけれど、アルバムリリース時のインタビューで、彼らにとっての「プログレッシブ」という言葉の持つ意味について以下のような発言をしている。

ジム「でも、〈プログレ〉と言っても、イエスとかそういうのじゃない。いろんなハーモニーができて、いろんなリズムができて、曲で何を使うか限定しない。それが私のプログレの意味です」
石橋「うん。本当の意味での〈プログレ〉って型にはまったものじゃなく、いろんな可能性を試すっていうことだと思うんですよ。そういうことは、アルバムを作っていきながら段々意識していったのかもしれない」

http://1fct.net/archives/3832/

アントニオ・ロウレイロをはじめとした、ポップであることに意識的なジャズミュージシャンにとっても、プログレッシブという言葉は、この二人と同じ意味をもっているのではないだろうか。

・まとめ
2012年あたりから、アメリカ、ブラジル、日本の、一見別々にみえる音楽シーンで同時多発的に、複雑なリズムとアンサンブルを凝らしたポップな音楽が誕生し、それらの音楽は、どこか根底が通じ合っているかのように感じていた。それは、アメリカのジャズやポップミュージックと南米のラテン音楽が相互に影響を与えてきた中で、日本という第三の国も独自にそれらの音楽を吸収してきたことが基盤となって発生したといえるのかもしれない。だからこそ今回、ロウレイロと日本人音楽家との素晴らしい共演が実現されたわけだし、前エントリーで紹介した挾間美帆のような音楽家が活躍しているわけだ。
さらに、ネットワーク技術が発展し音楽データが溢れ、もはや新しい音楽など必要ない、とさえ感じてしまいそうな現代において、音楽の新たな「ポップ性」を求めて、今までジャズの世界を中心に高度に発展してきたリズムや和声が、世界各地のジャズ周辺の音楽家によって見直され、その成果を取り入れたサウンドが、次々と生まれているかのように僕は感じている。
2013年の今、ジャズを学んだ世界中の音楽家によって、たくさんのプログレッシブなポップミュージックが生まれようとしているのではないか?、そのように僕は直感し、期待している。

*1:世界音楽の本 5.2.1 輸入ジャンルの「日本化」の諸相 より

*2:ちなみに日本で人気のある、ミルトン・ナシメントエルメスト・パスコアール、エグベスト・ジスモンチの場合は、欧米で発掘された後に日本へ紹介されたようだ

*3:ついに最近、ロウレイロはNYのジャズミュージシャンたちと交流をもったようだ

*4:といっても、上原の音楽性自体はロウレイロとそれほど類似していない。彼女の音楽のリズムは自分には過去のプログレッシブロックそのもののリズムの発展ヴァージョンのようにも聞こえる

*5:きりがなくなるが、ほかにはコトリンゴ、ものんくるを挙げておきたい