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Arca 融解するビート/現代のリズムの揺らぎ

2014年現在、Bjorkの次回作のトラックメーカーとして起用されたArcaは世界の音楽シーンでセンセーションとなっているようだ。それは、Arcaの音楽がこの時代の一種の空気をあらわしているからだと僕は感じる。それでは2014年の時代の空気としてどのようなものがあるのか、もう少し踏み込んでみたい。そのためにも、まずはArcaのトラックをまずは聴いてみよう。今年の11月にリリースされたArcaのアルバム『Xen』からタイトルトラック「Xen」を。

幾層に漂うビートがふと切断され、消えてはあらわれていく。時には空白になる間 に、ビートは減速、または加速し、突如と不意打ちされる時もある。そうした中で、リズムは攪乱され融解し、または、揺らぎ、ゆがみ、伸縮しているかのようだ。
複数秩序を単線上に叙述しようとすると訛る*1」とアフリカ音楽のポリリズムの揺らぎや、ヒップホップのラップのフロー(揺らぎ)について菊地成孔氏が解説するように*2、Arcaのトラックにも、通常のポップミュージックの定型的なリズム(8ビートや4つ打ちなど)を超えて、複数のリズムの秩序が多層的に配置されては漂わされ、そして切断されている。
そして、このようなArcaのトラックのリズムは偶発的にランダムにならされ、伸縮し、または一定のビートがないかのように感じられる。例えば、こちらのArcaについての論考のように(http://thesignmagazine.com/sotd/arca_mt/)、人生の時間をはるかに超えているであろう総再生時間の音楽が存在するyoutubeやBand CampやSound Cloudなどで音楽をdigる中で、ブラウザ上の複数タブから無関係の音楽が同時再生されてしまう事が時には起こってしまうような時代に、Arcaの音楽に「ひとつの楽曲のなかで複数の楽曲が同時に再生されているような、無秩序かつ不安定な、「統合された分裂」としての奇妙なグルーヴ(以上記事より引用)」があると指摘しているのは示唆に富んでいる。(ポスト・)インターネット世代は、複層的な時間間隔を持っており、それは現代のテクノロジ環境が可能にしたことなのかもしれない。
それでは、(ポスト・)インターネット世代の新たな才能、Arcaの複層的な時間感覚が、全く新しいものであるかというと、過去〜現在の世界音楽のリズムの多層性と、ある部分で関連性があるとして捉えることは可能だと僕は感じている。例えばこのタイトルトラックである。この曲の複層的なビートの各層は完全にランダムで無秩序な関係にあるというわけではなく、実は4拍子だと僕は分析する*3。そして、その断片的なリズムの根底にはアフリカ音楽のポリリズム構造がある。具体的には、前々回の記事(http://d.hatena.ne.jp/Blackstone/20141001/1412182303)で解説した「3x4のクロスリズム」「ポリがけ(12ビートと16ビートの共存)」「6連の揺らいだ5連への変容」を構造的に取り出すことが可能だ(下記付録参照)。
Arcaのビートを体感上アブストラクトに感じられるのは、このような複数の秩序のリズムが加速され、減速され、断片的に再生されては切断されるなかで、時間がメタモルフォーゼを起こしているかのように聞こえるからだ。それは、通常のブラックミュージック、その起源となるアフリカ音楽のような一定のビートが断片的にあるとしても、Arcaのトラックではタイムキープされずに切断されている故でもある。そして本トラックについてはエレクトロニクスによって生じる空間の中でアフロポリリズムが異化されているかのようである。このビートを気持ちよく感じられるのならば、それは、異化されつつも根底にあるアフリカ音楽の、そしてブラックミュージックのリズムの心地よさを感じているという事なのかもしれない。
しかし、アフリカのポリリズムが構造的に存在するという捉え方は一面的である。Arcaの他のトラックについては、BPMが変化しながら、実際に時間が伸縮している曲も多数存在するようにも感じる。未分析のため保留するが、Arcaの凄さを捉えるための分析の余地はリズム面でもまだまだ残っている。
ところでしかし、まだ余地があるとはいえ、このようなリズムの観点のみで、Arcaの魅力について指摘するには不十分である。リズム以外の視点でもみてみよう。今まで解説してきたように、Arcaの音楽は時間軸の直線上でのリズムの配列のデザインがいびつなのに加えて、得体のしれない粒子が空間内を浮遊しては融解/消失するかのような音の配置のデザイン、そして音色のデザインも、リズムと同時かつ等価にいびつだといえる。
ここで、音楽家、渋谷慶一郎によるArcaについて発言を引用してみる。

この発言に更につけ加えるならば、Arcaはビートについても時間軸を無化しかねないノイズ(非ビート)のように使っているとみなすことができる。空間と時間軸の両方で、複層的に重ねられては別々に切断される音は、空間と時間のお互いの次元を相互に侵食しあっているかのように響いている。渋谷氏の、「ピッチ(ドレミ)をノイズのように扱っている」という指摘と同様に、ビートについてもノイズに変容して空間に融解しているかのようである。または、時間を空間のように扱っているとでもいえるだろうか。

・現代の世界のリズムの揺らぎ
それでは、2014年の時代の空気としてどのようなものがあるのかという話に戻ろう。いってしまえば、Arcaの音楽が世界でセンセーションを起こそうとしているのは、大量の音楽情報が溢れ消費される中で、作る側も聞く側も新たなグルーヴを欲望するようになってきたことのあらわれといえると僕は感じる。20世紀の世界のポップミュージックは主に西洋クラシックの影響による4拍子(と少々の3拍子)が覇権を握ってきた時代だったが、少しずつ時代は変化してきていると確実に言える。これほどまでに、世界中で同時多発的に新たなグルーヴが異なる方法で生み出されている時代は今までなかっただろう。以下、最近の例を挙げていくが、自分の知らない領域があること考えれば、これらはほんの一部にしか過ぎないだろう。
例えば、ダブステップエレクトロニカなどのトラックメーカーでは、前々回解説したMadlibや、2、3年前のトレンドだとJames Blakeのトラックなどにもポリリズム構造が捉えられる。Arcaのビートはそれらよりも断片化され、細分化され、伸縮しているといえる。
または、2000年代前半にはD'angelo(なんと明後日14/12/16に待望の新作リリースだとか)、Erykah Baduを代表とするネオソウルという分野でもそのリズムは揺らいでいた。
そして、このネオソウルなど様々な現代のポップミュージックの影響を受けながら、高度で洗練化されたJazz The New Chapter/今ジャズ系のRobert Glasperを中心とする動き、特にChris Dave、Mark Guiliana、Richard Spavenらのドラマーによる複雑に拍が分割されたグルーヴ感覚。または、このダイアリーで指摘してきた、Antonio Loureiroなどのブラジルミナス派、アルメニアのTigran Hamasyan(通称ハマちゃん)、インド系のVijay Ayerなどの細かくパルスを積んでいくリズム。
最後に、日本に目をむけてみよう。90年代、アフリカ音楽のポリズムを研究し、ジャズ、プログレオルタナティブの影響を受けながら独自の音楽を追求した今堀恒雄をリーダーとするTipographicaのリズムは、現代から振り返っても人力によるポリリズム実験の一つの極北だといえる。97年のTipographica解散後、今堀恒雄はギタートリオのシンプルな構成で伸縮リズムをコンセプトとしたバンド、Unbeltipoでの活動を継続しており、このグルーヴ感覚も世界でほかに到達されていないと感じる。そしてTipographicaのメンバーであった菊地成孔ポリリズムをジャズクラブではなくダンスフロアへ移し、ダンスミュージックとしてのポリリズムバンドとしてDCPRGを活動開始させ、一時の活動休止の後、現在も活動している。また、菊地成孔の相方ともいえる坪口昌恭東京ザヴィヌルバッハは、現在、ジャズバンドのクインテットとしてのフォーマットと、打ち込みのポリリズムビートを共存させる試みとして、最も成功しているバンドだと僕は感じる。
アカデミズム的アプローチではない、インディーズ、アンダーグラウンドの領域では、以前も言及した石橋英子のようなしなやかなプログレッシブ性をもつ音楽家もいれば、脱臼しているかのようなリズムを追求したPanic Smile、skillkillsなどのバンドもある。そして、今年5月の日本のインディーズ、アンダーグラウンドバンドのフェスティバル、新宿JAMフェスで複数のバンドを聞いたが、MUSQISなど、ポリリズムを導入するなどのとても優れたバンドをいくつか確認した。
ところで、J-POPのメジャー音楽の今年のトレンドは一部の聞くところによると「4つ打ちダンスロック」であるらしいのだが、 揺らぐとまではいかなくとも、もう少しリズムの多様性を指摘することは可能である。別の機会があれば言及したいと思う。

・付録: タイトルトラックのリズム分析メモ(CDでの再生時間を参照。youtubeの再生時間で確認する場合2秒ひいて下さい)

*1:例:大阪弁の人が標準語を話す人と会話するとき、相手に影響されて、自分の話す言葉が大阪弁東京弁の中間のどっちともつかないイントネーションになる、など

*2:書籍「憂鬱と官能を教えた学校」にこの解説の詳細があったはずですが、過去友人に貸したままで手元で確認できないので、ネットで確認しています

*3:分析方法は、ネットで落とせるソフト「Hayaemon」でループを作って何回か聴く、という方法しかとっていない。再生スピードを遅くして部分的な確認も一部行っているが、このような音楽は再生スピードを遅くするとリズムは反対に分かりづらくなる。もしもどなたかDAWで波形を確認し、分析に間違いがあればご指摘いただきたい