宇多田ヒカル「忘却 featuring KOHH」・・・ リズム / 歌詞分析から読み解くラップのフロウ

*注: 本題は中盤以降になります。

 

○最近の日本の洋楽事情って???

街中でギターとかベースを担いだ高校生とかをよくみかけますが、今時の子ってどんなバンドが好きだったり、どんな曲を演奏してるのかなーと気になりながらも、声をかけると不審がられること必須。なので、よくわからないままです。


最近の流行りだとRADWIMPSとか未だにBUMP OF CHICKENとかflumpoolとかなのかしら。洋楽なんかどうなんだろ?最近流行ってる洋楽バンドってなに…?ジャスティン・ビーバー、、ブルーノ・マーズファレル・ウィリアムズレディ・ガガ…、うーん…全部バンドじゃないですね!

昔だったら、リアルタイムでニルヴァーナ、グリーンデイ、レッチリ、オアシスなどのギターロックバンドがコピーされてたと思うんですが、2017年現在の若い世代で有名なギターロックバンドって何でしょうか?あまりないような気がします。

これは統計を確認したわけではなく、全くの自分の主観なんですが、新しいギターロックバンドがぱっと出てこない要因の一つに、PCでの音楽制作の普及に伴い、世に普及する音楽も、バンド演奏から打ち込みへとシフトしているという事があるように思います*1

打ち込みの音楽をバンドで再現する事の難易度と敷居の高さ、というのがある。例えば、きゃりーぱみゅぱみゅをバンドで演奏できると思いますか?シンセ使いの魔術師じゃないと無理っしょ!対してニルヴァーナのコピバンでギターのパワーコードを鳴らすのはちょっとその気があれば(特にモテたいのなら!)誰にでも出来る!

○では、そもそも今洋楽で何が流行ってるの??

ということでUSのビルボードヒットチャートを見てみましょう。(2017/4/1)

http://www.billboard.com/charts/hot-100/2017-04-01

1位はよく知らないのですっとばしますが、2位は元プロ野球選手の新庄と似ていることで有名なブルーノ・マーズですね!死んじゃったマイケルとかプリンスを継承してる感じがしてめっちゃカッコいい!今の日本で歌もダンスも上手い本格派は沢山いますけど(三浦大知さんとか)、バカ売れしたり国民的スターになる、というまでは最近なかなかないですよね。

○完全に雑談です

昔からUSのヒットチャートに入るアーティストをみていると常にセレブ感を感じます。それに比べて、現在あらゆる意味でアイドル(AKB系、ジャニーズ系、EXILE系、声優系、演歌系(おじさま、おばさまのアイドル)…)だらけの日本のヒットチャートをみると「セレブ感」あまりないですよね。そんな中で私はやはり、今の日本に必要なのは「ポスト叶姉妹かつポスト浜崎あゆみ」なんじゃないかと思います!(ポスト・トゥルースなんてもってのほか!)

歌って踊れる、どエロいセレブの歌姫(ディーバ)が売れる国は、勢いと元気がありそうですよね!(えっ格差社会がひどそう?!)
元気があればなんでも出来る!とか言われましても、そもそもお金とエロがないと元気がでない(´-`)よね。

NO MUSIC, NO LIFE.

が成り立つ前提は、

「NO MONEY, NO LIFE.」
「NO SEX, NO LIFE.」

だという基本中の基本(というか資本主義社会&地球の原理!)が分かってないと音楽産業はダメになる一方ですよ!みなさん!


○脱線しがちですが、ここからが本題

では3位が誰かというとMigosという人らしいです。日本では全く馴染みがなさそうですし、私も知りませんでした*2

 

www.youtube.com

 

滅茶苦茶どギツイ黒人のヒップホップです。こういうガチのヒップホップが、日本のヒットチャートに入る音楽で参照されることはないのではと思うなかれ。

いはるんですわー。


こちらです。


宇多田ヒカル「忘却 featuring KOHH」

www.youtube.com


確かに同じラップだけど、そんなにどぎつくなくない?声も全然違うじゃん(そもそもトラックの雰囲気落ち着いてるし全然ちゃうよ?)。とかいう声もあるかもしれません。

しかししかし、「リズム感覚」という観点からみると、KOHHはここ最近の黒人ラッパーのリズム感覚を参照しているのが分かります。実は、さっきのMigosにもそのリズム感覚が如実にあらわれているのです。

これは、私が勝手に言っているだけではありません。KOHH自身が明言しております。

「(略)最近だと、NYのハーレムに先月行ってて、そこでJ $TASHっていうアメリカ人のラッパーが同居人だったんですけど、彼はRELAX GANGっていうクルーに入ってて彼らに食らいました。フロウが新しい。今までの人が『1,2,3,4/1,2,3,4』みたいに載せてきてたのを『1,2,3/1,2,3/1,2,3,4/1,2,3/1,2,3』みたいな。凄いんですよ、グチャグチャだけどちゃんとしてるというか」
http://amebreak.ameba.jp/interview/2014/08/005016.html

ここで、KOHHが言ってる、
『1,2,3/1,2,3/1,2,3,4/1,2,3/1,2,3』
のリズムの取り方は、文字起こしゆえによくわからなくなってしまってますが、2種類の解釈が可能です。もちろん彼はそのどちらか片方だけのことをいっているとは思います。しかし、今回取り上げる宇多田ヒカルのトラックでは、その両方が同時に成り立ってしまっているのです。

もったいぶらずに先に結論を言いますが、それは以下の2つです。
-----------------------------------

1:ポリリズム(主にアフリカ起源)
2:変拍子(主に東ヨーロッパ-中東-インド起源)
-----------------------------------

まず、ポリリズムから説明します。変拍子についてはトラック分析と同時に後述します。

ポリリズムについての簡単な説明


そうですね~、可能な限り分かりやすく、敷居を低くすることをモットーにしてこれを書いてるんですが、幼い子供でも馴染められるような例にしましょう(これ、子供は読まへんやろ~、かもしれませんが、それならお子さんのリズム教育の題材にでもどうぞ!)。


アニメタイトルが以下2つあります。
-----------------------------------
・A:魔法少女まどかまぎか
・B:クレヨンしんちゃん
-----------------------------------

この言葉を、例えば、一定の手拍子を打ちながらリズムに当てはめるとします(音楽なしでやってもいいですし、例えばこの記事に貼ったトラックに合わせるとやりやすいかもですね)。

すると以下のように拍を取ることが出来ます。

*注1:( )を1拍の長さとする
*注2: A,Bで1拍の長さは同じ(手拍子のみの場合気を付けること)
*注3:「しょ」や「じょ」などは一文字カウント
-----------------------------------
・A:(まほう)(しょうじょ)(まどか)(まぎか)
・B:(くれ)(よん)(しん)(ちゃん)
-----------------------------------


Aだと1拍に3文字。
Bだと1拍に2文字。

となってますね。

超簡単に説明すれば、同じ曲の中でこのAとBのリズムが同時に成り立っている状態を、狭義の意味で「ポリリズム」といいます。

ここからKOHHが言っていた
『1,2,3/1,2,3/1,2,3,4/1,2,3/1,2,3』
について解釈してみると、彼は「/」を1拍の区切り位置とみなしてる、といえます。そして同じ曲の中で1拍の割り方が複数(この発言例だと「3」と「4」です)同時に存在しちゃってもいいんだと。これがポリリズムのうちの一つです。(ちなみにポリ=polyとは「複数の」という意味の接頭語です)

○ようやく分析開始:「ポリリズム変拍子はどこにあるのか?」

では、このトラックのどこにポリリズム変拍子があるかを確かめるために、実際にKOHHのラップとヒッキーの歌を文字起こしして、リズムをとらえてみましょう。(注意:ききながら読まないと確実に意味不明ですので、環境にもよるかと思いますが、ききながらじっくり読んで頂けたらと思います)

まず開始から長めのイントロがあります。(これはJames BlakeとかSolange(あのビヨンセの妹)などのアンビエントR&Bへの意識がうかがえますね)

ここでは、心臓の鼓動のようなビートがバックトラックに刻まれていますね。ちなみにこのリズムは、

(くれ)(よん)(しん)(ちゃん)

の4拍で取れます。そして1拍に2文字あり、4拍=1小節に8文字あるので、8ビートと捉えられますね。

そして、1:37からようやくKOHHがラップを開始します。


注:以降、 ()を1拍の区切りの単位とします
-----------------------------------
4拍:(すきな)(ひとは)(いない)(もう・)
-----------------------------------

さて、1フレーズ目からしてトピック登場!ここでKOHHは、1拍に3文字入れてラップを始めました(音楽的にこの状態を「3連」といいます)。

これは、みたらわかるとおり、(まほう)(しょうじょ)(まどか)(まぎか)と同じで、拍の区切りと文節の区切りが共通しているので分かりやすいですよね。

で、バックトラックの1拍の割り方が「2」なのに対し、KOHHの1拍の割り方は「3」で、これら2通りのリズムが同時に成り立ってしまっている。先ほど解説したようにこの状態が、狭義の意味でポリリズムといえるのです。

○クロスリズム(ポリリズムの一種)について


さてKOHHはこの曲では、ほぼ「3連」でリズムをとり続けています。とはいえ、ただ単に3連のフレーズを続けるという方法は割と多くのラッパーもやってます。しかし、KOHHは1拍=3連のリズム感覚を契機として、これから更に階層の異なるポリリズムを発生させていくのです。これは私、ラップではあんまきいたことないです。しかし、この後すぐ出てきちゃいます。

-----------------------------------
4拍:(・・・)(てんご)(くかじ)(ごーく)
4拍:(だれに)(もみえ)(ないと)(ころ・)
-----------------------------------

さて2段目に注目。ここもKOHHは引き続き3連でとってはいますが、(まほう)(しょうじょ)(まどか)(まぎか)のように、拍と文節の区切りが一致していないですよね。意味が取れるように文節に区切ると、

-----------------------------------
[だれにも][みえない][ところ・]
-----------------------------------

4文字で等しく区切れました。それまでの4拍が3拍に変わっちゃいましたね!

ここで、さっきみたいに、これと文節の区切りが同じアニメタイトルの例が欲しいですって?しょうがないなあ!では、「涼宮ハルヒの憂鬱」はいかがでしょう!

-----------------------------------
3拍:[すずみや][ハルヒの][ゆううつ]
-----------------------------------

ほら!文節の区切りが同じになりました!ここからこれ使いますね。

さて、(まほう)(しょうじょ)(まどか)(まぎか)という1小節を

「3文字x4拍=12」と書くとすると、

[すずみや][ハルヒの][ゆううつ]は

「4文字x3拍=12」

と捉えることが出来ますよね。そう!1小節内に3拍が均等に鳴っていると捉えられるのです。

ここが大事なところですが、このように、この箇所では1小節の割り方が「4」と「3」の2つある状態が両立しています。それも1小節に12個のパルスが、3でも4でも除りなく割ることが出来るからです。小学生でもわかる式であらわせば、

3連×4拍=4連×3拍=12=(1小節) という事ですね。

文節の区切り的に、(まほう)(しょうじょ)(まどか)(まぎか)と、4拍に感じやすい言葉も合計12文字がゆえに4文字区切りにもできて、

(まほうしょ)(うじょまど)(かまぎか)


と3拍にしちゃうこともできますし、反対に3拍に感じやすい[すずみや][ハルヒの][ゆううつ]も、

(すずみ)(やハル)(ヒのゆ)(ううつ)


と3文字(3連)刻みの4拍で取ることも可能だということ。

この1小節の分割方法が複数共存している状態が、はじめに説明したのとは階層の異なるポリリズムで、一般的に「クロスリズム」と言われます。


ちなみにこのリズムの起源はアフリカです。日本でポリリズムというと、Perfumeの次に菊地成孔氏なんだと思いますが、この3x4のクロスリズムが常に成り立っている曲の例として菊地さんのバンドの曲を貼っておきます。https://www.youtube.com/watch?v=WWHoSYP5XGc


変拍子について

ではリズム解説に特化するために少し飛ばしまして1:51~から文字を起こします。

-----------------------------------
1拍:(・・・)
3拍:(きたな)(いもの)(でも・)
3拍:(うつく)(しくみ)(える・)
3拍:(なつか)(しいこ)(え・・)
3拍:(おれか)(らはな)(れ-・)
3拍:(だれか)(のとこ)(へ- ・) 
-----------------------------------
=計16拍(=4小節)

-----------------------------------
5拍:(きおく)(なんて)(ごみば)(こへす)(てる・)
3拍:(がそり)(んかけ)(て・も)
2拍:(やしちゃ)(え・・)
3拍:(もふく)(にきが)(え・・)
3拍:(おむか)(えが)(くるま) 
-----------------------------------
=計16拍(=4小節)

-----------------------------------
2拍:(で・・)(・・・)
4拍:(いきて)(んのは)(しぬた)(め・・)
5拍:(そんで)(うまれ)(てくる)(それだ)(け・・)
3拍:(おはか)(のなか)(へ・い)
3拍:(ければ)(しあわ)(せ・・)
3拍:(ねむる)(かんお)(け・・) 
3拍:(いれず)(みだら)(け・・)
3拍:(このつ)(めたい)(て・・) 
3拍:(みんな)(がない)(てる・)
3拍:(そんな)(のさい)(てい・) 
-----------------------------------
=計32拍(=8小節)

さて、この歌詞の文字起こしは、フレーズの区切りごとに改行しているのですが、上記をみれば分かる通り、ここではフレーズの単位が3拍だったり5拍になっていることがわかります。


ずばり、これが変拍子といえます。

開始時点でKOHHは、(すきな)(ひとは)(いない)(もう・)のように4拍=1小節と、バックトラックの小節の繰り返しの中にフレーズを収めていました。

しかし、途中からこの4拍=1小節の垣根を超えて、変拍子でフレーズを区切る事でリズムを錯綜させて、スリリングな瞬間を生み出しているのです。これを一種のラップのフロウ、だということができるでしょう。


KOHHの発言を振り返りまして、この解釈上では、
『1,2,3/1,2,3/1,2,3,4/1,2,3/1,2,3』
の「/」が、フレーズの区切りとして捉えられ、数字が拍のカウントになってるわけです。1フレーズはバックビートの1小節単位=(4拍子だと4拍だし、3拍子だと3拍)だけでなくて、別に2拍でも3拍でも5拍でもどんな数字でも混ぜてしまって構わないんだ!ってわけですね。


また、さらにいえば、この変拍子もランダムに適当にやっているわけではなく、より大きな枠で見れば、4小節の繰り返しが基本となっているバックトラックの4小節の頭にフレーズを着地させているのが分かります。

上記のように、「記憶なんてゴミ箱へ捨てる」、の頭の「き」と、「お迎えが来るまで」の語尾「で」は4小節単位の頭にちゃんと合わせてるのがわかりますよね。体操選手やフィギュアスケーターが空中を舞い、技を決めた後、着地も見事に決めた時の姿を連想してしまいます。


○New Chapter/今ジャズ系のリズム感覚との同時代性。

ここまでで、ポリリズム変拍子の説明は一通りおしまいです。
ところで当ブログで過去、何回か書きましたように、ポリリズム変拍子の両立は、ロバート・グラスパーがはじめとされている、New Chapter/今ジャズ系と呼ばれる、世界中の新しいジャズにおいて顕著にみられます(http://soap.hatenablog.com/entry/20141001/1412182303)。そしてこれらは歴史の起源をたどると、ポリリズムはアフリカの音楽起源であり、変拍子は主に東ヨーロッパ-中東-インド起源です。USラッパーやKOHHがこれらの音楽を参照しているとは思いませんが、ポリリズムは元々アフリカから奴隷としてつれられた黒人に備わっているリズム感覚が顕在化しているのだと考えられます。また、変拍子的側面は何かを参照したというよりかは、なんかいつもと違ったことをしたい、という遊び心から出来てしまったのではないかなと私は思います。


また、New Chapter系を代表しているといってもよいドラマーにクリス・デイヴがいるのですが、最近宇多田ヒカルと一緒にレコーディングしたそうです。KOHHをフィーチャリングしたのと同じように、彼女には新しい音楽感覚の持ち主への興味が尽きないのかもしれません。


○リズムのズレと訛り/ラップのフロウ/グルーヴについて

去年ヒットした邦画シン・ゴジラで日系三世を演じた石原さとみさんの英語の発音が酷い、という事が少し話題になっていました。私からしたら確かにネイティヴ視点だったりガチのアメリカ人という人物設定からしたら違和感がある、という指摘はまあ理解は出来ますが、滅茶苦茶努力したんやろうな~、可愛いな~、という事で好感度高かったです(ただのファンかい!)。

このように、英語に日本語の発音のニュアンスが混ざると訛るように、リズムについても「訛り」があるといえます。

今回説明したリズムは3種類ありました。


①A1:[バックトラックの1拍の2分割の上]に、B1:[1拍の3分割の言葉を乗せる)]、狭義のポリリズム。一般化すると「1拍の分割方法の複数共存」
②A2:[1小節の4分割]と、B2:[1小節の3拍分割]が両立するクロスリズム(ポリリズムの一種)。一般化すると「1小節の分割方法の複数共存」。
③A3:[1小節=4拍]の基礎拍子に対し、それを無視して、B3:[2~5拍のフレーズを自由に組み合わせる]、変拍子。一般化すると「基礎拍子の枠を無視したリズムアプローチ」


①~③それぞれ、A*とB*の2つのリズム秩序が混ざっている状態です。機械が刻む場合は、これらのA*,B*の2種類のリズム秩序をその通りに刻むことが可能かもしれません。一台のロボットに日本語と英語を完璧に話し分けさせるのなら、それぞれ独立にプログラミングすればいいように。ですが、石原さとみに限らず、非英語圏の話者が英語を話そうとするとどうしても母国語に影響された訛りが出てしまう。これと同じように、A*、B*2種類のリズムを人が両立させようとすると、もう片方のリズムに影響されてずれて訛ってしまう、という事象が発生しがちです。


今回の文字起こしでは、あたかも、KOHHは均等な3連に、宇多田は均等な8ビートに言葉を当てはめているかのように表記していますが、厳密にもっと細かく見れば、ズレがあるわけです(それは記号化の限界でもあります)。では、ズレと訛りって何がちゃうねん!て思われそうなので、私の持論を展開してみますが、「ズレ」というのは、ポリリズムでなくても変拍子でなくても発生してしまう事象であり、人間の行為に不可避的に孕んでいるものだといえるでしょう。例えば同じ4拍子の曲を複数人で演奏しようとしてもAさんとBさんそれぞれ別のリズム感覚があるがゆえにずれてしまう。または、均等なメトロノーム(機械)対人間でも同じことが生じるでしょう。人間は完璧にはできていないのです。同じ拍子を複数人で共有しようとしても、別々のリズム感覚が混ざって干渉しあいズレてしまう。この意味において、「ズレとは微小な訛りのことである」と私は考えます。対してここで指摘しているリズムの訛りとは、上記の①~③のように複数のリズム規則が共存しているがゆえに発生してしまう揺らぎといえます。


ラップにおけるフロウとは何か?と考えると、感覚的に簡易に捉えれば、バックトラックのリズムに対する言葉のリズムのズレ、と捉えられますが、より細かく見れば、①~③が個別に、または、同時に発生している状態といえるでしょう。そして、意識(意図)的にも無意識(偶然)的にも、①~③が個別に生じることは割と頻繁にあるとは感じますが、今回分析したKOHHで特筆すべきことは、これら①~③が同時に共存してしまっているという事にあります。このレベルはメジャーな日本語ラップでは今までなかったのではないかと私は思います(とはいえ探せば先行例はあるかもしれません)。

訛りとかズレというのは、太鼓の達人だと高得点にはなりませんが、ズレるがゆえに気持ち良いグルーヴが生じることだってあるんです。ジャストにヒットすることが正しいわけではない。R-1チャンピオンの全裸にお盆のアキラ100%がいうように、「この世に絶対なんかない」んです。だから人前で歌ったり演奏するときにリズムがズレるのも、ズボンのチャックをズラすのも、恥ずかしがらなくていいんですよ!みんなもっとポロリしちゃお!


○最後にリズム分析と歌詞分析を同時に行ってみましょう


ここで終わりでもいいのですが、私自身全歌詞リズム分析済なのでせっかくという事と、「この曲カラオケで歌いけど、簡単そうでリズムよく分からない!」って人用に、後半の「KOHHのラップ->ヒッキーの歌」の流れの文字起こしを全部載せてみましょう。と、同時に、徐々にリズムが変化することの効果を歌詞分析とともに説明してみます。

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■KOHH続き(2:20-)
4拍:(・・・)(・・・)(・・・)(・・・)
4拍:(そんな)(のさい)(てい・)(・・・)
4拍:(・・・)(・・・)(そんな)(のさい)
4拍:(てい・)(・・・)(・・・)(・・・)
4拍:(ぜんぶ)(わすれ)(たらい)(い・・)
4拍:(かこに)(すがる)(なんて)(ださい)
4拍:(・・・)(もうい)(らない)(・・・)
■宇多田へバトンタッチ
4拍:(あつ)(いく)(ちび)(る・)
-----------------------------------
=計32拍=8小節

リズム分析のためにこの記事内では省略している箇所がありますが、前半のKOHHは「記憶なんてゴミ箱へ捨てる」「お墓の中へ行ければ幸せ」「 眠る棺桶 入れ墨だらけ この冷たい手」などと、過去を忘却したいが故に自分の死を想像していると汲み取ることができます(17/4/7: 他の解釈についての追記本文後にあり)。そして、「もういらない・・」などと絶望的になる中、突如として宇多田の歌が入り込む。ハッとする瞬間ですね。トラックの構成面からみても、4小節単位の繰り返しの中でKOHHには最後の1小節が残されているのに、この女性は絶望を感じている男をみかねて、突然言葉を差し伸べる。いや言葉というより「キス」を差し伸べている、と言ってしまっていいでしょう。「あついくちびる」とは、その後に「冷たい手」という言葉との対比から「熱い唇」の事なんだと解釈できます。唇の温度を感じているのです。(とはいえ解釈なんて自由なんだから石原さとみとかアナゴさんの「厚い唇」を連想しちゃっても大丈夫!)。また、KOHHが3連で言葉を重ねて、トラックの基礎ビートとズレた不安定なフロウをしているのに対して、宇多田はここでトラックのリズムと同期して8ビートで安定したリズムを取っています。死を思う不安定な気持ちの男と、彼にキスと抱擁するかのような声を差し伸べる女性の対比は、KOHHと宇多田のリズムの対比としてもあらわれているのです。


■引き続き宇多田(2:34-)
-----------------------------------
4拍:(・・)(・・)(・・)(・つ)(ーめ)(たい)(て・)(・・)
4拍:(・・)(・・)(・・)(・・)(こと)(ばな)(んー)(かー)
4拍:(・・)(・・)(・・)(・わ)(すれ)(させ)(て・)(・・)
4拍:(・・)(・・)(・・)(・・)(つよ)(いお)(さけ)(に・)
4拍:(・・)(・・)(・・)(・・)(こわ)(いゆ)(め・)(・・)
4拍:(・・)(・・)(・・)(・・)(めを)(とじ)(たま)(ま・)
4拍:(・・)(・・)(・・)(・・)(おど)(らせ)(て・)(・・)
4拍:(・・)(・・)(・・)(・・)(・・)(・・)(・・)(あー)
-----------------------------------
=計32拍=8小節

サビへ~
----------------------
明るい場所へ続く道が
明るいとは限らないんだ
出口はどこだ
入口ばっか
深い森を走った
----------------------
=計64拍=16小節

*注: ここは基本8ビート(しかし厳密に分析したらズレも多いですが)で、リズムも取りやすいと思うので、リズム表記は省略します。


■KOHH(3:31-)
-----------------------------------
3拍:(あしが)(ちぎれ)(ても・)
2拍:(ぎそく)(でも・)
2拍:(どこま)(でも・)
3拍:(はしれ)(メロス)(・・・)
3拍:(くちと)(じてる)(けど・)
7拍:(あける)(めをつ)(よいさ)(けとは)(いたゲ)(ロ・・)(・・・)

↓ここからが変化点
4拍:(にど)(とも)(ど-らな)(い・・・) 
4拍:(できれ)(ばーも)(いっか)(い・・)
4拍:(のんだ)(つばを)(はきた)(い・・)
4拍:(おとこ)(にもに)(ごんあ)(り・・)
4拍:(だいす)(きだか)(らきら)(い・・)
4拍:(会える)(んなら)(あいた)(い・・)
4拍:(しあわ)(せなの)(につら)(い・・)
4拍:(おれた)(ちは)(よくば)(り・・) *
4拍:(またな)(いも)(のねだ)(り・・) *
4拍:(なにも)(なーい)(おねが)(い・・)
-----------------------------------

=60拍=15小節

*170417修正: 変化点以降、フレーズ末尾の韻(i)は必ず4拍目の頭に合わせられている。このため、「おれたちは」「またないも」の箇所では、2拍に5文字を入れた2拍5連に近いニュアンスになっている。他の箇所と比べ、「2拍->6文字」から「2拍->5文字」と、1文字足りないことからリズムが伸びている、と捉えられることが可能だ。


宇多田の言葉によって、絶望的な気持ちだったKOHHが「足がちぎれても、義足でも、どこまでも」がむしゃらに駆け出し始める。変拍子と3連由来のポリリズムが両立している不安定なフロウは、疾走感とともにへとへとになった足の不安定さをあらわしているようです。と同時に、語尾に注目すると、(o)による韻の踏み方*3は、不安定ながらも着実に一歩一歩前に進んでいる様子を感じさせます。

そして、ゲロを吐いた後の、「二度と戻らない」の言葉を契機に、以下の4つのリズムや構成の変化が発生しています。


・1:この瞬間のみ、それまでの3連(=1拍の3分割)のフレーズが、「1拍の2または4分割」に変化しようとしているが、急なためにリズムが訛ってしまっている(=ポリリズム由来)。
・2:以降、バックトラックの1小節=4拍と同期してフレーズも4拍に収めている
・3:以降、フレーズの語尾において、ずっと同じ韻(i)を踏んでいる。
・4:以降、それまでのラップの語りが歌へと変化する。*4

絶望的な気持ちの中、女性からキスと言葉を差し伸べられたことをきっかけに駆け出した男。そんな中、彼はゲロを吐いて「2度と戻らない」と突如と気付いた。戻らない過去。過去への後悔。後悔は生への願望ともいえるでしょう。

また、この楽曲でずっと4拍で刻み続けられていた心臓の鼓動*5のようなビートと、優しく持続する和音、そして、そのリズムと和音に同期したメロディーを口ずさむ女性の歌は、死のことしか考えていなかった彼を遠くから静かに見守っていたようです。

そして、ようやく彼は、その心臓の鼓動のようなリズムと和音の包み込むような温かさを無意識に感じ取じとったことで、歌いだし、トラックのリズムに同期し始めた、と。

それまでの彼の3連のリズムの中に4連のリズムが紛れ込んだその瞬間*6、それまでの死への思いの中に、生への思いが刺し込んできた。死にたいのか生きたいのかどちらなのかよくわからない、いや、どっちでもあるような戸惑いは、3連なのか4連なのか、そのどっちでもあり、どっちでもないようなリズムの訛りに現れてしまっているのです。そして、そこから続いて、「会いたい」「好き」という感情や欲望を正直に吐露していく。[しあわせ][なのに][つらい]、という言葉には、2つの感情と2つのリズム(3と4)の交じりあいがあらわれています。そして、それまでの不安定な変拍子からうって変わり、4拍子でしっかりと韻を踏みながらメロディーを歌い始めた彼の心の中には、依然として生きる辛さを感じながらも、生への思いが芽生えはじめているかのように感じられます。

 

■宇多田(3:58-)
-----------------------------------
8拍:(あつ)(いく)(ちび)(る・)(つめ)(たい)(て・)(・・)
8拍:(こと)(ばな)(んー)(かわ)(すれ)(させ)(て・)(・・)
8拍:(かた)(いジ)(ーン)(ズー)(やさ)(しい)(め・)(・・)
8拍:(なつ)(かし)(いー)(なま)(えで)(よん)(で・)(・・)
8拍:(ひろ)(いせ)(かい)(にー)(みち)(な「`るス」)(テジ)(・・)
8拍:(かば)(んは)(きら)(い・)(じゃま)(なだ)(け・)(・・)
8拍:(つよ)(いお)(さけ)(に・)(こわ)(いゆ)(め・)(・・)
8拍:(いつ)(かし)(ぬと)(き・)(てぶ)(らが)(ベ「`スト」)(・・)
-----------------------------------
=64拍=16小節

*注意:「`」箇所のみもう一段回細かく、2文字で「・」一個分となります(16音符のこと)。


(おしまい)

追記
[17/4/7 0:57]私はKOHHの人物像についてほぼ知らない状態で、KOHHの前半の歌詞内容を「自死の想像」と解釈していますが、KOHHの親が亡くなっていることを先ほど知り、それならばこの歌詞は「親の死」を指している、という解釈も自然にできてしまいます。この場合、本文の私の解釈とは食い違うところも出てしまいますが、それについても「リズム解釈の複数性(ポリリズム)と歌詞解釈の複数性が共存してしまっている」、ということすらできてしまうでしょう。特に冒頭の「好きな人はいないもう」「俺から離れ 誰かのとこへ」の意味を、私は失恋(恋人がいなくなったor死んだ)の事(故に悲しい、死んで忘却してしまいたい)と汲み取りましたが、いわれてみれば親の死とも汲み取れます。この曲の抽象度の高い歌詞は大事な人の死の悲しみと、自分が死ぬ事への気持ちが混淆しているようです。

どんな音楽にしても、映画にしても、あらゆることに絶対的な解釈というものはないですし、分析の目的は一つの答えをだすためではなく、自分の欲望や無意識を自覚することにあると私は考えます。以下引用で締めくくります。

「音楽の永遠の定義をどこかに求めるよりは、一曲の音楽を自分がどういうふうに聞いているか、この音楽と自分がどういうふうにかかわっているかということから逆に、その音楽の意味をみつけ、またそれを写してみて自分の位置をはっきり知ることが大切なのだ」
高橋悠治「音楽の学習のために」より

*1:エビデンス主義に基づくのなら「ヒットチャートにおけるバンドと打ち込みの比率の推移」というデータがほしいところですが、本題ではないので今回は調査しません

*2:これまたエビデンス主義的に正直に情報源を書いておきますが、Migosについては、私のリズムヤクザ(他称)仲間から教えてもらいました。ラップに疎い私の「KOHHみたいなフローをするUSラッパーはいないか?」という問いに答えてもらった所、そもそもバカ売れのラッパーにいたという事実を仕入れたわけです!

*3:「メロス」のみ(u)で踏んでいると思われる方もいませんが、ここでは語尾の「ス」でなく「ロ」で韻を踏んでいます。(o)で韻を踏む位置はこの場面では常に3連の真ん中にありますよね。

*4:KOHHは前半で既にピッチを合わせて歌っているという指摘もあるでしょう。「どこからがラップでどこからが歌か」という、ラップにおける音程問題がありますが、厳密に分析するならば、この楽曲における「KOHHのピッチの12音平均律音程からの偏差(ズレ)」の推移を分析すればよいのかもしれません

*5:そもそも冒頭の映像をみれば女性の胎内をイメージしていることが容易にわかります

*6:改めてKOHHの発言を振り返れば、まさにここが『1,2,3/1,2,3/1,2,3,4/1,2,3/1,2,3』の、ポリリズム側の解釈をあらわしているわけです