メモ/ランダム

memorandum || (memory / random)

Old Jazz→Bjork→Jazz The New Chapter(もしくは今ジャズ)

さて、アイスランドの歌姫Bjorkほどあらゆる響きが混淆したジャンルレスなポップミュージックを表現する音楽家は他にいないと思いますが、今回はそのあらゆる要素の中からジャズ的な要素を抽出し、昔のジャズから最近の(ニューチャプター系や今ジャズと呼ばれつつありそうな)ジャズとどのような関連性があるのかみていきたいと思います。まずは、昔のジャズとの関わりから。

ソロデビューする前の1990年に、Bjork母国アイスランドのピアノトリオとともにオーソドックスなジャズアルバムをリリースしています。これを意外に思う人もいるかもしれませんが、デビューアルバム「Debut」ではジャズスタンダードナンバーLike Someone In Love*1をハープの伴奏のみでカバーしていることや、2ndアルバム「Post」では、ミュージカルナンバーIt's Oh So Quiet*2を演奏していることから、彼女がジャズスタンダードの原曲となるブロードウェイミュージカルナンバーを含む昔のジャズが好きだというのは間違いないと言えるでしょう*3。また、地元のジャズピアノトリオとの作品の実現は、アイスランドという人口の少ない*4ヨーロッパの辺境の北国では、音楽シーンが小さい分、ジャンルを超えた交流がしやすい環境があったからこそだからなのではと僕は想像してしまいます。
ここまでは、90年代までの話になります。
Bjorkは00年代に入り、同時代に発達するDAW*5環境での更なる新たな表現の追求を行います。2001年の5thアルバム、「Vespertine」では、室内楽のストリングスとハープ(Zeena Parkins)*6、オルゴールといったアコースティックな静謐な響きの中に、DAWを駆使して様々な微細な自然のノイズとエレクトロニクスのビートを美しく溶け込ませています。そして、2004年の6thアルバム、「Medulla」では、人間の声のみを用いて楽曲を作成しており、これもDAWでの録音、編集技術がなければ、完成が実現しなかった作品です。
特に、エレクトロニクスのリズムの打ち込みという観点で彼女の活動を振り返ると、デビュー後まもなくの1995年位まではソフトウェアの未発達もあるせいか、ライブは通常のロックバンドのドラム、ベース、ギターという形態で行っています。しかし、2ndアルバムリリース後の1996年以降からは、ステージ上でも打ち込みのビートを多用するようになります*7。これは、発達するエレクトロニクスから生じるビートにBjorkが無限の可能性を感じたからなのでしょう。
しかし、07年の7thアルバム「Volta」以降は、それまでのエレクトロニクスの駆使から方向転換しています。この方向転換は彼女がインタビューで「Volta」の製作背景について発言しているので、以下引用します。

「今回はフィジカルでアップビートな音楽を作りたい気分だったわ。シリアスな内容のアルバムが続いたし、自宅で作業することも多かったし、ここにきてまた冒険を楽しみたくなったのよ。娘も3〜4歳になって以前ほど手がかからなくなったから、身軽になれたんだと思うわ」
「いろいろと試しているうちに悟ったのよ。今回は小賢しくて気取ったビートは似合わない、必要なのはすごくベーシックで衝動的な音なんだって。だから生のドラマーも起用したし、楽器にしても同じことで、『Vespertine』の時みたいな透明感のある弦楽器より、もっと弾力のある音が欲しくて、中国の琵琶や西アフリカのコラを使ったの」

http://tower.jp/article/feature/2007/05/24/100035603/100035609

ミュージカル映画Dancer in The Dark」のために制作した「Selma Songs」、そののちの「Vespertine」と「Medalla」と、シリアスで内省的な作品な続いた後、再びポップな方向性でアップビートなダンスミュージックを作成する際に彼女が欲したのは、「ベーシックで衝動的な音」を産み出すことが可能な、人間が身体で叩くドラムのリズムでした。そして、実際にドラマーとして作品に参加したのは アメリカのアヴァンギャルドな音楽シーンで活躍しているBrian Chippendale と Chris Corsanoの二人です。今回はジャズとの関連性をみていくということでChris Corsanoに着目してみたいと思います。
Chris Corsanoに関しては僕自身、日本のフリージャズサックス奏者、坂田明とJim O'Rourkeの新宿Pit-Innでのライブ録音のアルバム*8に参加していることでフリージャズ系のドラマーと認識していたので、Bjorkの作品に参加しているという事を知った時には個人的な驚きがありました。しかし、人脈をよく調べてみると、そもそもBjorkと近接したポストロックやオルタナティヴロックの音楽シーンの重要人物Jim O'Rourkeや、Thurston MooreWilcoのNels Clineとの交流*9のあるChris CorsanoがBjorkの作品に参加するのはごく自然なことであるともいえます。
また、実際にChris CorsanoとのレコーディングについてBjorkがインタビューで話しています。それによると、彼にはじめて曲を聞かせたのはスタジオに呼んだときで、それに合わせて一曲ずつ即興で叩いて貰った結果、一日で録音が終わってしまい、今まで打ち込みでありとあらゆる試行錯誤して迷走していた状態が解決したそうです*10。そして、Chris CorsanoはVoltaicライブツアーのドラマーとしとして選出されました。
こうして、人間が叩くドラムの即興的な演奏の躍動的なリズムは、アルバム「Volta」完成の最後の一ピースとなったのでした。このようにBjorkがフリージャズ系のドラマーを起用した事は、音楽性や表現の方向性は異なるものの、前回のエントリーで指摘したTayler McferrinがジャズドラマーMarcus Gilmoreを起用している事と重なっています。これは、打ち込みのビートがかき鳴らされる中で、人間の感覚と身体によって即興的な判断を行いリアルタイムにグルーヴを調整しながら音楽を紡いでいく演奏能力を、自由で柔軟な表現にこなれたジャズドラマーがポテンシャルとして兼ね備えているが故の、シンクロした事象と考えられると思います。
また、機械と人間のリズムの関係を遡ってみると、エレクトロニクスによる打ち込みは人間によるドラム表現を発達させてきました。具体的には、80年代にMIDIやリズムマシーンが登場し、機械によって均質なビート生成が可能になった事が、人間が叩くドラムのリズムに影響を与えています。たとえばNYのスタジオミュージシャンを代表するSteve Gaddのビートは「機械のようなリズム」と形容されていたりします。しかし、エレクトロニクスの発達によって様々なビートが生み出された後の現在では、機械、人力を問わず、均質ではない身体的な揺らぎをもつビートのポップミュージックが増えてきつつあるように思います。その中で、今回指摘したBjorkやNew Chapter系/今ジャズ系などを含む昨今の様々な世界のポップミュージックにおいて、打ち込みのリズムと人力のリズムの共存のあり方が探究されているのは、機械によって身体感覚の拡張をさせ、それによって今まで体感できなかった一種の「生」の感覚を新たに得ようとするためだといえるのではないでしょうか。当然ですが、それは、人間の機械化のためではないのです。

Voltaic Live in Paris (Drums: Chris Corsano)

そして、ドラマーの起用は、最新作となる8thアルバム「Biophilia」でも継続されます。それはオーストリア出身のハン(スティールパンの改良楽器)、パーカッション、ドラム奏者のManu Delagoです。実際に僕が彼を認識したのは、去年のフジロックフェスティバルBjorkを観に行った時で、ステージ上でManu DelagoがBjorkの楽曲の複雑なビートを人力ドラムンベースのように叩く姿に大変興奮したのでした。以下の動画のラストの方を観れば彼の演奏がある程度分かると思います。基礎ビート(8ビートの一拍分)を3連符でとるパターンと4連符でとるパターンを行き来して、ビートに揺らぎを持たせ緩急をつけながら、高速でフレーズをたたみかけていく方法は、まさにChris DaveやMark Colenburgを代表とするNew Chapter系/今ジャズ系と呼ばれるドラマーの演奏方法の基本であるといえます。
Crystalline (Drums: Manu Delago)

さて、フジロックから帰ってManu Delagoについて調べると、彼は子供のころからロックバンドで活躍し、大学ではクラシックや、ジャズを学んだそうで、今の活動はポップミュージックやワールドミュージック、さらにロンドンシンフォニーオーケストラとの共作など多岐にわたる活動を行っていることが分かりました。そして、2013年の彼のアルバム「Bigger Than Home」を聴くと、まさにNew Chapter系/今ジャズと呼べる音楽となっており、個人的にも13年のベストディスクとなるくらい愛聴しています。硬質なハンの響きの重なりを中心に、鍵盤、ウッドベース、ドラムのジャズ的なサウンド、室内楽ストリングス、そしてそれらのアコースティックな響きの中に自然とエレクトロニクスのビートや歪むシンセ、浮遊するギター溶け込ませており、BjorkRadioheadなどのオルタナティブロックが好きな人はもちろん、最近のジャズのようなジャンルレスな音楽を楽しむ人にお勧めしたくなる音楽です。

Manu Delago 「Bigger Than Home EPK」


A Long Way feat Andreya Triana *11


Manu Delago ライブ動画 2014

番外編: Manu Delagoの人脈をたどってみると、ヨーロッパでも正規な音楽教育を受けた多くの音楽家がポップスやジャズ、クラシックの垣根を越えた音楽の表現をしている事がわかります。これらもNew Chapter系/今ジャズと呼べるのではないでしょうか。
1: 「Bigger Than Home」でギターで参加しているStuart Mccallumはイギリスで活動をしており、この動画ではジャズと室内楽の融合を目指していることが分かります。スタイルは最近の若手ギタリストと同じように、Kurt Rosenwinkelの影響をもろに受けていることが分かりますね。
https://www.youtube.com/watch?v=e8Lt3niWgjo

2: Manu Delago自身のバンドでドラムを担当しているChris Norzは、Manu Delagoと同じオーストリア人で地元でHI5という「Minimal Jazz Chamber Music(公式サイトより引用)」のバンドを組んでいます。
実際に聞いてみると、このポリリズミックなミニマルさはTortoisや、日本のToe、Sardineといったポストロック系の音楽とも近いものを感じます。それにしてもこの動画のように3X4のポリリズムは、世界中の音楽家の共通言語になりつつあるように思います。
https://www.youtube.com/watch?v=gnNaRkZkT9c

*1:Like Someone In Love https://www.youtube.com/watch?v=lGWBx51eda8

*2:It's Oh So Quiet https://www.youtube.com/watch?v=TEC4nZ-yga8

*3:Spike Jonesを監督に起用したPVがミュージカル風なのも、この曲自体1951年のブロードウェイミュージカルナンバーが原曲だからです。比較するとBjorkバージョンは原曲をほぼ原曲に忠実にアレンジしていることが分かりますし、彼女のミュージカルに対する愛情や敬意を強く感じます。原曲 It's oh so quiet - Betty Hutton (1951) https://www.youtube.com/watch?v=WrDZpTHlkLk 余談で付け加えるとこの原曲には更なるドイツの原曲があります。Harry (Horst) Winter - Und jetzt ist es still (1948) https://www.youtube.com/watch?v=6zmhvJpTELc また、ミュージカルといえば、あの救いようのない映画「Dancer In The Dark」に出演しているのはあまりにも有名ですね

*4:2012年で32万人。日本の都道府県人口最下位の鳥取県よりも少ないです

*5:Digital Audio Workstation。簡単にいえばPCでの音楽制作

*6:「Vespertine」に参加のハープ奏者、Zeena Parkinsはフリーインプロヴィゼーションシーンで活躍していたりします。後述するChris Corsanoときわめて近いシーンにおり、Bjorkアヴァンギャルドな音楽シーンとのかかわりがここでもみられます。

*7:この時期のステージについて調べ切った訳ではありませんが、ギターやベースはいなくなり、打ち込みが多用されるようになっています。1997年にドラマーがいるステージを確認していますが、打ち込みが主流になっているという点は見逃せない点だと思います

*8:このアルバムではないですが坂田明との共演の映像です。 https://www.youtube.com/watch?v=m5TQkQlvlD4

*9:Nels Clineをはじめとするシカゴ音響派とジャズの関係については最近刊行されたJazz The New Chapter 2に詳しいのでぜひ参照ください

*10:参考:http://pitchfork.com/features/interviews/6592-bjork/

*11:Andreya TrianaはFlying Lotusと共演しています、https://www.youtube.com/watch?v=XKQVcJ_Zi9M