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MadlibのトラックからNew Chapter系/今ジャズ系のリズムを解説する試み

  • 前置き

最近話題のNew Chapter系/今ジャズ系の音楽ですが、特にロバート・グラスパー周辺のドラマーがヤバいなどとドラム進化論的なことがいわれていたり、インド系のヴィジャイ・アイヤー、アントニオ・ロウレイロなどのブラジルのミナス系、アルメニアのティグラン・ハマシアン(私の中で通称ハマちゃん)のリズムがヤバい、などと言われています。確かに、話題にのぼる最近のジャズ系の音楽を聞くと必ずといってほど、そのリズム構造にはポリリズム変拍子を個別または同時に、そのなかで例えば5連符の多用、そしてこれらのリズムによる揺らぎが指摘できます。

この最近のジャズのリズムについては、何も突然変異で表れたものではなく、世界音楽の歴史、そしてその中のジャズの歴史と連続性があり、それはアフリカのポリリズムと、中東付近の変拍子の個別導入、または両者の融合と指摘できるといえます。そして、そのリズムの構造や演奏の方法論は、菊地成孔大谷能生の音楽講座を書籍化した「憂鬱と官能を教えた学校」や、高橋健太郎著の「ポップミュージックのゆくえ 音楽の未来に蘇るもの」(こちらはアフリカの3×4のポリリズムの説明のみになります)で説明されている内容とその応用で体系的に理解が足りるものだと思います。ただし、実際に音楽を聴いて体感できるかは個人差があり、人によっては時間がかかるかもしれません。私自身については06年に憂鬱と官能〜を読んでから、2年ほどたって、例えばコンテンポラリージャズの複雑なリズム(そしてそのリズムは今ジャズのリズムに引き継がれています)を理解できるようになったと思います。また、私は受講していませんが菊地成孔氏はニコニコ動画のコンテンツでモダンポリリズムの講義を有料配信しているので、本気でこのリズムについて身につけたい方は受講すればよいと思います。

きっと世界中の音楽家レベルでは上記二つの書籍にあるような発展的なリズムを体系的に理解していることで、作曲で実践されているのでしょうが、曲を作ったり楽器を演奏しない人がこのリズムを理解するのは難易度が高いというのが現状でしょう。例えば、私も去年の春のこのブログの初エントリーで今ジャズ系と呼べるブラジル、ミナス地方のアントニオ・ロウレイロのセカンドアルバム「So」の一曲目について「4/16と5/16を組み合わせた怒涛の変拍子、そしてポリリズムも共存している」ということを文章のみで指摘しているのですが、後に、よくわからないという意見をいくつか頂き、初エントリーにしては内容を詰め込み過ぎて前提の知識がないとわかりにくい内容になってしまったのかなあと反省していました。なので何かの機会にきちんと説明した方がいいのかなあと思いながら、放置していました。ごめんなさい。ですが、1週間ほど前にたまたま、トラックメーカーMadlibの2004年の曲を聴いていたら、一小節内に今ジャズ的なリズムトリックであふれていることを確認し、これはちょうどいいと思って、今回簡単に説明してみます。基本的な内容は上記の菊地・大谷著と高橋健太郎著の本から学び、その体感的な理解は自分のリスニング・演奏体験から得たものになります。以下の内容はそれらの本の内容を簡略化して説明したのと、今ジャズのリズムに対応する発展ヴァージョンの私なりの解説となります*1

ではいってみましょう。
Monk Hughes and The Outer Realm - A Piece For Brother Weldon  (Madlib別名義)

さて、いかがでしょうか。ヤバいですよね。実際にこのアルバムの中の5曲がyoutubeにあるんですけど(14/09/30現在)、この曲だけ再生回数が飛びぬけてるんですが、それはこのトラックのリズムのヤバさゆえなんでしょう。実際、様々なドラムパターンのサンプリングが貼られているかのように聞こえ、リズムがかなり錯綜していてヤバイです。で、ヤバいヤバいばっかりいってるだけでは何もわかりませんが、リズム構造を分析すると特筆事項が以下5点に分類できます。

A:トラックの開始が小節の頭ではない事による、1拍目がつかみにくいというトリック
B:1小節の二通り(3,4)の分割。1小節内の4拍子と3拍子の共存。3 X 4の均等なクロスリズム。アフリカ的。
C:(4拍子中の)1拍の二通り(3,4)の分割。12ビートと16ビートの共存。ポリがけ。アフリカ的。(クリス・デイブなど現代ドラマー的)
D:変拍子のベースライン。東ヨーロッパ〜中東的(このトラックでは拡大解釈として捉える)
E:変拍子を用いた不均等なクロスリズム(これは私の造語)。(アントニオ・ロウレイロ、ヴィジャイ・アイヤー、ティグラン・ハマシアンなど今ジャズ的)

参考のために、模式図も用いてみます(手書きで汚くてすみません…)。


  • A:トラックの開始が小節の頭ではない事による、1拍目がつかみにくいというトリック(図5のラスト5パルス分からトラック開始)

Aは、今回説明したいポリリズム変拍子とは直接関係ありません(広義の意味で変拍子と捉えることも可能かもしれませんが)。これは、このトラック特有の特殊事例なのですが、トラックが本来の小節の頭で開始されないことにより、拍の頭が錯覚され、リズムが不安定に聞こえる→ビートが繰り返されるうちに拍の頭が認識できて安定となる、という巧妙なトリックがしかけられており、詳しくは脚注に説明をまわします。*2

B、Cはどちらもアフロポリリズム的と解釈でき、2つのリズムの共存といえ、実際にアフリカ音楽内に存在する構造です。その共存の段階は2つの階層に分けられるため、B、Cとわけています。

・B:クロスリズム(図3ab)
まずBについてですが、この曲をきいて多くの人は、1小節内に6拍のビートが鳴っていると感じられていると思います(図1。このテキストの理解はこの1小節中の6拍が分かることが前提とします。でも、5拍とか感じられたら天才なのでそのままその道を突き進んで下さい!)
で、6拍でとれるのは正しいのですが、6よりも細かいリズムが鳴らされていると感じられないでしょうか・・・。はい、実際には6拍を倍にした12パルス分の1パルスが、1小節内の最小単位とみなせます(図2)。
ここで、小学生でも分かるように12という数字は3と4で余りなく均等に割ることが可能です。よって1小節内にパルスが12個存在する場合は、そのリズムを3拍子と4拍子の両方でとらえることが出来ます(図3ab)。
3拍子でとらえる場合、12は4+4+4の3つに分割され、4パルスx3拍=12
4拍子でとらえる場合、12は3+3+3+3の4つに分割され、3パルスx4拍=12
きっと多くの人はこの曲を三拍子で捉えるのではないかと予想しますが、それは、ベースラインのフレーズが1拍を4パルス分としてそれが3拍並んでいると捉えやすいからです。ですが、別の取り方として1拍を3パルス分に捉えて1小節内に4拍分捉えることも可能で、かつ、このトラックのある部分ではこちらの4拍子で捉えたパターンの中でさらにリズムを錯綜させているのです(Cで説明)。
まとめるとBは1小節を2パターン(3と4)に分割出来、その2つの数の最小公倍数(3x4=12)の1パルス分が1小節内の最小単位となって、3拍子と4拍子がクロスして共存しているパターンになります。用語としてはクロスリズムと呼ばれているものです。また、こちらは用語として存在しませんが、ファンクなどの4パルスx4拍のリズムを16ビートと呼ぶのに対応すれば12ビートと呼べるリズムでもあります。

・C:ポリがけ(図4)
次にCのもう一段階細かい階層のポリリズムの説明に移動します。
Bは1小節を2通りに分割する方法でしたが、Cはさらに細かく、1拍を2通りに分割する方法です。このトラックを聞きすすめると、例えば1:32や4:31からのように随所に高速のドラムフレーズがさしこまれ、リズムが錯綜しているのが分かります。この瞬間にヤバさを感じる人は多いのではないでしょうか。そして、それはまるでクリス・デイブのドラムのようだと感じる人がいることかと思います。それでは具体的にどうなっているかというと、先ほどのクロスリズムでは1小節を4拍と捉えた場合(図3b)、1拍を3パルス分でとらえていましたが、この方法では、この4拍子中の1拍をさらに細かく4パルスに分割しているのです。よって1小節内には、4パルスx4拍=16パルスが鳴らされていることになり、3x4のクロスリズムによる12ビートと共存している状態になります(図4)。

次にDについてです。これについては、見落とされがちで少し分かりにくいかもしれませんし、実際には図3aで4パルスx3拍子と捉えたときの3拍目が1パルス分シンコペーション(1パルス分食い込んで早く鳴らされている)と捉えるのが通常だと思います。しかし、この曲のベースラインを4+3+5(=12)と不規則に積んでいく変拍子とみなし、アフロミュージックに中東的リズムが孕んでいるのだと敢えて拡大解釈気味に捉えてみます。実際に模式図でみると図5のようになります。

  • E:変拍子を用いた不均等なクロスリズム

そして、この4+3+5(=12)の変拍子が、Bの3x4=12のクロスリズムと同時に共存しているとき、これを変拍子を用いた不均等なクロスリズムと呼ぶことが可能かと私は考えます。
この不均等なクロスリズムは実際に今ジャズでも頻繁に見られます。例えば、素晴らしいウィスパーボイスとリズム感の持ち主のジャズシンガー、グレッチェン・パーラトのロバート・グラスパーによるアレンジのweakという曲です。

この曲は4パルス×3拍を1小節としたきに、その4小節分がコード進行のひと塊りとなっているのですが、前半2小節分の4パルスx3拍x2小節=24パルス分を5+4+4+4+7(=24)と不均等に5つにメロディとともにリズムとコード進行が分割されています。
ここにきてようやくこのブログの一番初めのエントリー、アントニオ・ロウレイロの「4/16と5/16を組み合わせた怒涛の変拍子、そしてポリリズムも共存している」ことの説明が可能になってきました。

彼のセカンドアルバムSoの1曲目のテーマの開始部分は、16分音符を1パルスとしたとき、4+5+4+4+4+5+4+4…(省略)と区切ることが可能です。ここでは通常のポップミュージックの4拍子や3拍子のフォーマット内に収めているという形は見られず、不均等にリズムを積んでフレーズを形成しているとみなせます。そして、このリズム構造自体は中東やインドの音楽の歴史でみられるものです。ですが、このロウレイロの曲で特徴的なのは、全ての楽器がこの区切りの頭でそろったアクセントをつけるのではなく、メロディやパーカッションのフレーズがその区切りに対してシンコペーションしたり間をあけることによって、リズムを錯綜させている所にあります。
この方法を一般化するなら均等なパルスが流れている中で、アクセントの位置を不均等にとりながら拍を区切ってリズムを積んでいくことによってフレーズが形成され、更にそのフレーズの中で、それとは異なる区切り方を行い、リズムを錯綜させる方法といえるのかもしれません。これは、均一のパルスが流れる中で変拍子を含む複数の拍子が共存した不均等なクロスリズムといえると私は考えます。
この手法はアルメニアのティグラン・ハマシアンにもみられ、彼は5という単位を多用して積んでいくことが多いように感じます。そして、更に積むだけではなく1拍を5で割ろうとすることでリズムに揺らぎをもたせようともしています。今回はここまでにしますが、5連符の多用も最近のジャズのトレンドとなっており頻繁に指摘することができます。

●最後に
実際に演奏を行わない人にとっては、音楽の理論的理解というのはハードルとなると思います。特に和声理論の理解は音程を識別できるための音感が必要となり、それには教育を受け、更に実践とその両方が必要です。しかし、リズムについては、音楽が流れる時間の中でリズムを捉え、数えることが出来れば理解できるのではないでしょうか。これらのリズムを頭で理解するには、足し算、引き算、掛け算、割り算が分かれば小学生でもわかるレベルでしょう。しかし、このリズムの理解を体感レベルに落とし込むには、音楽を聴いてそれに合わせて身体を動かしたり、実際に演奏することは避けることが出来ないと思います。この時、今回ここで説明したようにまずは体系的に頭で理解することが、リズム感獲得の手助けになると思います。
また、これは私の経験上の注意ですが、体感での理解まで至らない段階でリズムを数えることに捉われてしまうと、その事に夢中になりすぎて、音楽そのものの響きを聞くことがおろそかになってしまうことがあります。リズムは音楽の一要素ですが、リズムだけが音楽ではないという事は常に気を付けておきたいものです。一度、リズムを捉えて自然と身体が反応できるようになれば、響きを聴く余裕も生まれてきます。
リズムが分かることで、その音楽の謎が解消され、魅力を感じられなくなったとしたら、その人はその音楽のリズムの謎を中心に魅力を感じていた、という事なのかもしれません。リズムが分かってしまったことで、そのリズムに飽き足らなくなり、新たなリズムを追い求めることがあるとすれば、それはその人の音楽的成長のあらわれといえるでしょう。そしてその音楽が本当に魅力あるものだったら、リズムが分かったところで、その魅力は失われるものではないと私は思います。
耳を澄まして細部のリズムが聞き取れることは、演奏家の呼吸をつかむことでもあるといえます。そして、それによって音楽家の方法論や意図が分かり、その音楽の影響関係や、音楽の歴史の時間軸でのつながりが立ち現われてくることもあると思います。また、時間軸上での揺らぎがたい音の物理現象としてリズムが捉えられるようになることで、みえる世界が広がることは必ずあると思います。
音楽の神は細部に宿る、とでもいえるのかもしれません。

*1:ちなみに、なぜか会員でなくても読めるモダンポリリズム講座のサブテキストも参考にしています。 http://sp.ch.nicovideo.jp/bureaukikuchi/blomaga/ar528401

*2:通常、曲の拍の頭は、曲が開始した瞬間だという先入観があると思います。しかし、この曲ではフェードインで開始してから、ビートになんともいえない不安定さがあると感じなかったでしょうか。それは、この曲の1小節内の12の基礎パルスの中の後半の5パルス(図5の後半5パルス分を指す。実際の音はレラレではなくドソドですが)から曲が開始されることによって、本来の小節の頭に対して、錯覚を起こさせているからです。このようなトリックはマイルス・デイヴィスのアルバム、「On the Corner」の一曲目にプロデューサーのテオ・マセロがしかけています。https://www.youtube.com/watch?v=Ps0ka1tY5yg その説明については菊地成孔大谷能生東京大学の講義を書籍化した著書「M/D」にあります。また、最近ではブライアン・イーノプロデュースのシェウン・クティのアルバムの曲にも、トラックの開始の拍が裏拍に転換される、というトリックが用いられています。https://www.youtube.com/watch?v=z43Q5OtRUQM